金氏 高麗人参トップ>歳時記のある暮らし2017年1月

寒さのなかにも春の訪れを感じる新年のころです。
皆様におかれましては、良き年をお迎えのことと存じます。
本年も金氏高麗人参をご愛顧賜りますよう謹んでお願い申し上げます。

一年でもっとも寒いこのごろは、インフルエンザやノロウイルスに油断できません。また、関節や筋肉が冷えて身体が固くなり動きにくくなります。朝晩の冷たさに「早く暖かくなってほしい」と思いますが、こんなに冷たい季節があるからこそ春への期待も膨らむのでしょうね。

「神は記憶を与えてくださった。それは人生の辛い冬の時期に、6月のバラを思い描けるようにするためだ」これは「ピーター・パン」の原作者ジェームス・バリーの言葉です。けれども、先の春のことばかりを楽しみにして今を我慢する毎日はもったいないものです。

「ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬」と、万物はあっという間に過ぎ去ることを知っている人間の率直な感想を清少納言が詠んでいます。毎日続く寒さにうんざりすることもありますが、冬ならではの楽しみを逃さないようにしたいですね。

例えば鍋物。牡蛎、蟹、寒ブリ、鱈、鮟鱇などがおいしい季節です。とくに「海のフォアグラ」といわれるアンキモでおなじみの鮟鱇は、「捨てるところがない」といわれるくらい貴重な食材です。寒さが増すほど身が締まっておいしくなる白菜や春菊、ほうれん草や水菜なども今が旬です。

『「今」という瞬間を意識して生きたいと思う。「今の心」と書くと「念」という字になると気づいた時、「念ずれば花開く」という言葉の意味がわかるように思ったものです』一九八四年にマザー・テレサが来日した際には、通訳を務め著書も多数あるキリスト教カトリック修道女、渡辺和子さんの言葉です。「念ずれば花開く」、これは、ただじっとお願いをしていれば夢が叶うという意味ではありません。本当の意味は、今、目の前にある事を一生懸命やるように努力すれば、おのずから道はひらける、夢や目標が叶うという意味です。

散らかった部屋を片付け、掃除、洗濯した後はアイロンをかけ、靴も磨く。もうしなければいけないことは全て終った、さあ、何をしようかと思う瞬間、満ち足りた気分になるものです。歯磨きのチューブを最後まで出し切って捨て、新しいものがおろせると思う瞬間、何ともいえない幸せな気分になります。心を今に集中させ、日々、小さな幸せを大切にしたいものです。

松の内が明けるころ、一月七日の「人日(じんじつ)の節句」があります。人日は、三月三日の上巳(じょうし)、五月五日の端午、七月七日の七夕、九月九日の重陽と並ぶ節句で江戸幕府が決めたものです。節句はもともと、季節ごとの旬の食べ物を食べることによって生命力をもらい、その力で邪気を払うことが目的でした。人日の節句に七草粥が定着した背景には、お正月のご馳走に疲れた胃腸をいたわり不足しがちな冬場の栄養を補給するという目的があったようです。体調が乱れがちな季節の変わり目は節句の行事を楽しみながら健康管理について考えたいものです。

「肝臓が病むと目が見えなくなり、腎臓が病むと耳が聞こえなくなる。このように病は他人からは見えないところで始まり、やがては誰でもが見えるところに現れる」これは「菜根譚(さいこんたん)」の一節です。健康であっても見えない病の原因に常日頃から気を配ることが大切です。「菜根譚」は、中国明代末期の官僚、洪自誠(こうじせい)の著作です。「菜根」という言葉は、「人はよく菜根を咬みえば、すなわち百事をなすべし」という故事に由来し「堅い菜根をかみしめるように苦しい境遇に耐えることができれば、人は多くのことを成し遂げることができる」という意味です。健康であることも、あたりまえに与えられるものではなく、努力の結果なのでしょう。

仕事、暮らし、健康など、さまざまな場面で目標を立てるのにふさわしい月です。私も含め誰でも面倒なことを避け楽をして生活しようとする傾向がありますが、しかし、健康にかんしては、辛くても腹八分目を守り、早歩きをする、階段を使うなど、ほんの少し自分に厳しくなって身体に良いことを継続する、そんな年にしたいと思います。


これからはしだいに日が長くなり、寒風のなかにも早春を感じるようになります。
皆様のご健康をお祈りいたします。


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