久郷直子のお便り2014年3月

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3月のおたより(テキスト版)

草木が芽吹き花が咲き、春の気配が広がってきました。
皆様、おすこやかにお過ごしでしょうか。
いつも『神秘の健康力』をご愛用くださり、誠にありがとうございます。

二十四節気では、早春の暖かな雨が大地をうるおし草木を目覚めさせる雨水のころ、催花雨(さいかう)とも呼ばれるこのころの雨は、桃の蕾を膨らませ、菜の花をみずみずしく成長させます。岩場のスミレが紫を増し、わらびや木の芽がすくすくと育ちます。霞たなびく山裾から、いよいよ春の色を帯びてきました。

春を探しに野山や海へ出かけたくなります。しかし、北の寒気が強かった年は、立春から春分にかけて、急速に発達する低気圧に用心しなくてはなりません。低気圧は、寒気と暖気がぶつかり合い交じり合うことで発達しますが、その際、均等な空気にしようとするちからが生まれます。寒気と暖気の温度差が激しいほどそのちからは大きくなり、低気圧の発達が強まるそうです。すると「春の嵐」と呼ばれる台風並みの暴風や猛吹雪が発生しやすくなります。暖かくなったと思えば急に真冬に逆戻り。開きかけの花を散らしてしまう節目の天候…暖気と寒気がぶつかり合う様は、春の喜びの儚さ脆さを映しているようです。

ヘルマン・ヘッセの著書に『春の嵐』というものがあります。それは、嵐のような人生を駆け抜けた主人公の、こんな回想から始まります。

「自分の一生を外部から回顧してみると、特に幸福には見えない。しかし、迷いは多かったけれど、不幸だったとは、なおさら言えない。あまりに幸不幸をとやかく言うのは、結局まったく愚かしいことである。なぜなら、私の一生の最も不幸だった時でも、それを捨ててしまうことは、すべての楽しかった時を捨てるよりも、辛く思われるのだから。避けがたい運命を自覚をもって甘受し、良いことも悪いことも十分味わいつくし、外的な運命とともに、内的な本来の運命を獲得することこそ、人間生活の肝要事だとすれば、私の一生は貧しくも悪くもなかった。(後略)」

「悪いことも十分味わいつくす」ことは勇気が要りますし、試練は避けたいものです。しかし、すべてが満たされていては分かり得ない幸せというものもあるのでしょう。厳しい寒さの後に巡り来る春が嬉しいように、試練が辛いものであるほど、喜び、優しさ、許しを感じ取るちからも深みを増すのでしょう。主人公は若いころに身体障害者となり人生の絶望の淵に立たされました。しかし、迷いながらも自らの「使命」に気づき、それを果たし生き抜きました。場所を選ばず咲き誇る花の強さを感じます。

春の嵐に怖気づいてばかりはいられません。田畑を耕し漁へ出る季節が巡ってきます。自然の猛威と闘いながら五穀豊穣、大漁追福が叶うよう、昔は共同体で「山遊び」「磯遊び」と呼ばれるピクニックに出かけました。日本だけではなく春は収穫の運命の始まりとして意義深い季節であったようです。3月を、英語で「マーチ」、フランス語では「マルス」、イタリア語では「マルツォ」と呼びますが、これら3月の名称の語源は、農耕と闘いを司る古代ローマの守護神マースに由来するそうです。

嵐が過ぎ去ると吹く風は優しい春風となり、時を待っていた花々が可憐な姿を見せ始めます。しばらくは冷えを感じる日もありますが、もう、ここまで来れば…そんな、明るく前向きな心持ちで過ごせる日々が始まります。

皆様のご健康をお祈りいたします。

金氏高麗人参株式会社お客様係
久郷直子(くごう なおこ)

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